「ボクたちの人生は、なぜか忘れられなかった小さな思い出の集合体でできている」
「すべて忘れてしまうから」の帯の言葉です。
昔を懐かしむ回顧録的エッセイや物語が若いころから好きで、帯の言葉を見た瞬間、「自分の好きなタイプのエッセイだ!」と思いました。
日常の中の切なさとか、儚さ、虚しさを拾って、的確に表現されていたなあと思います。
しかしそれ以上に感じたのは、不思議な清々しさでした。
過ぎていく時間を、可笑しみとユーモアでつづる
このエッセイは燃え殻さんの、いずれ忘れてしまうだろう日々が書かれています。
夜勤中に同僚とする「今まで話すまでもなかった、まだ話したことのない話」や、猥談バーを経営する後輩、高校時代の「規格外の」不良の友人…
どのエピソードも、登場人物のキャラが立っています。普通に生きてて、そんな変わった人周りにいる??って思います…。
燃え殻さんの言葉を選ぶ感覚も独特で、非常に面白かったです。Twitterで「死にたい」と書かれたダイレクトメッセージでを受けとった時のエピソードは、
「死にたい」は感情の中ではメジャーです。でもあまりに無個性なので、「死にたい」を「タヒチに行きたい」に変えてみるとかどうでしょう。
「いつか忘れてしまうから」p.36
燃え殻さんも日に一度は「死にたい」と思うと書いてありますが、それにしてもその感情を「感情の中ではメジャー」と表現するの発想は私にはなかったです。死にたいと感じるその事象に気を取られてしまいがちですが、それではあまりにも無個性だと俯瞰できる、死にたい感情への経験値を感じました…。
明るい気持ちになりました^^
そういう燃え殻さんの独特の言葉遊びが、このエッセイでは随所に散りばめられていて、私はすごく好きです。
でもそういうユーモアの中に、日々の中に起こる切なさや寂しさがそっと描かれています。
人生はままならない
私が一番心に残ったのが、「抗えない自分がその物語の中にいる」の章です。
特に目新しいものや快楽がある訳でもないのに、コンビニで長蛇の列に毎朝並ばなくてはならない。
こんなことのために生まれてきたのではない、と思っても毎日毎日続くものだから、現状に反旗を翻すその気持ちも失せていく。
行列も満員電車も憎んではいる。憎んではいるけれど、もう抗ってはいない。当たり前のように整列し、整然とこなし、また明日もそれを繰り返す。そんな抗えない自分がその物語の中にいるからだ。
「いつか忘れてしまうから」p.100
辛いことや納得できないことがあっても、折り合いをつけて粛々と生きていかなければならないときが、人間には必ずありますよね。
仕事で忙しいタイミングで、同僚の内輪もめに巻き込まれたり…がらがらの電車なのに、なぜか真隣りに座られたり…
生きているとたくさんの「??」に出会うけど、燃え殻さんはきっとその場所で柔軟に、ユーモアをもって生きていこうと努力されてきた方なんだろうなあと思いました。
そうやって、与えられた場所で腰を据えて周りに関わっていける姿勢が、周りの人の可笑しみを引き出しているのかしら…と思ったりします。
このエッセイの面白さは、そういう燃え殻さんの人柄が引き出す面白いエピソードで構成されているのだなと思いました!
そんな中でも、自分の感性を守りながら生きていける
でも、そうやって人生のままならなさに翻弄されながらも、自分の感性を失っていくことなく、エッセイとして面白い形にできる…そういう生き方って素敵ですよね。
後輩から、体調不良による休職報告のメールをもらったときのエピソードがありました。「1日も早く、100%の状態に戻して復帰します。」という連絡に対して、
僕は「百パーセントなんてスマホの充電でもレアだよ。ほどほどでいいよ」と自分に言い聞かせるように、返信した。
「いつか忘れてしまうから」p.159
毎日がままならない日々だけど、時間は流れていき、抵抗をあきらめた日々の細かいことはいつか忘れてしまいます。
それでも自分の考えとか、世の中との関わり方を大事に守りながら生きていこう、そう思えた本でした。
夜寝る前に読み終わったとき、明日からの日々も、期待しすぎず私らしく過ごしていこう、そういう清々しさを感じた、お気に入りのエッセイとなりました。
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